用語解説コーナー 血が滾舞台用語辞典



ナグリ(なぐり)
2012.03.01 OA


なんだか物騒なイメージに聴こえる単語ですが、大道具さんの用語で金槌、ハンマーなど釘を打つ道具の事を「ナグリ」と呼びます。

普通の金槌の事を「ナグリ」と呼ぶ場合もありますが、舞台用の「ナグリ」は一般的なモノと少し形が違います。 特徴としてはまず、柄が長い。だいたい一尺二寸くらい(約42cm程度)のものが多いようです。柄が長くなっている事によって、下の方を持って振ると少ない力で強く打てますし、釘を抜く時もテコの原理で軽々と抜けます。また、舞台装置製作では自分の手が届かないような高い場所を叩くことも多いので、柄が長いとそれだけリーチが伸び、いちいち脚立を持ってこなくてもある程度高いところまで届くようにもなります。
その分、使い慣れないと(柄の長さゆえに)うまく釘に当てることが出来ず、スカしたり指を打ってしまったりもしますが・・・

噂では、ナグリの柄が長いほど立場の高い人という説もあり、舞台床に引きずるくらい長いナグリを使っている人もいるとまことしやかに言われたりもしますが、正直、見たことありません。というか、普通に考えてさすがに長すぎるのは不便だと思うのですが。
おそらく前述の『柄の長さゆえにうまく当てにくい』というあたりから、『長い柄を使いこなせる人=現場の作業に熟達している人』というイメージになり、そこから生まれた噂だと思うのですが・・・どこかの現場で床に引きずる長さのナグリを使っている舞台監督さんがいたら、こっそり教えてください。

頭部分は一方が四角く平らな面、もう片方が釘抜きになっています。平らな面で打ち、釘抜きで抜く。 そしてその頭部分の中央に穴が開けられていて、そこに柄が差し込まれ、くさびで止められています。 このくさびは長く、柄の部分にまではみ出します。そしてはみ出したくさびを、さらに金具で柄に固定してあるのです。
舞台の現場では特に、組み立てた大道具は必ず解体するのですから、釘を打つのと同じくらい頻繁に釘を抜きます。くさび+金具でしっかりと頭と柄を固定しておかないと抜けてしまって危ないわけですね。
また、柄の側部をくさびがおおっている事で、目測を誤って柄で釘を打ってしまっても柄がすり減りにくい、という話も聞いた事があります。本当にそんな目的もあるのかどうかは知りませんが・・・
柄が長く遠くまで届くので、ナグリの頭を引っ掛けて物を引っ張るという強引な使い方もするんですが、それもこのくさびと金具のおかげで耐えられます。(一般的な金槌でそんな使い方をしていたら間違いなく頭が抜けますのでご注意を)

さて、この「ナグリ」という名称。
『がんがん殴りつけるようにして使う⇒殴り⇒ナグリ』というのが語源だと一般に思われがちですが、実はどうも違うようで。
『松の枝をおろしたものから葉を取ったもの』の事を「なぐり」と言うそうです。昔は堅い松の木を柄の材料に使っていたそうで、それゆえにその柄の部分の材料名がそのまま定着したと。
まぁ・・・正直、ウチの劇団員の多くも、『殴り』が語源だと思ってる気がしますけどね。

ちなみに余談ですが、広い意味での「ナグリ」の一種である「玄翁(げんのう=頭にとがった部分のない金槌)」。この「玄翁」という名は、いわゆる九尾の狐、玉藻前の殺生石伝説に由来します。
昔、白面金毛九尾の狐が絶世の美女に化け、『玉藻前』と名乗って鳥羽上皇の寵愛を受けていましたが、陰陽師に正体を見破られて殺されました。しかし玉藻前は『殺生石』という毒石と化します。この殺生石は近づくだけでその者の命を奪い、多くの人に恐れられたそうです。
そこに訪れたのが、曹洞宗の玄翁和尚。この人が巨大な槌を使って殺生石を砕き、呪いを打ち消したので、それ以来、大きな金槌を和尚の名にちなんで「玄翁」と呼ぶようになったそうです。


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